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2009.07.30 昔話
まずはこちらの画像を見ていただきましょう。


DOLをやっている人にはおなじみ、ヨーロッパ北部の入港許可地図です。でもちょっとおかしくないでしょうか?ヨーロッパ北部にある22の港のうち、ボルドー・ロンドン・アントワープ・ハンブルク・オスロの5つしか表示されていませんね。

実は初代大航海時代では、ヨーロッパ北部にこの5か所しか港が登場しません。ネーデルランドの本拠地アムステルダムもイングリドの笑顔が素敵なストックホルムも登場しないんです。そもそもバルト海に港がありませんw

これ以外の海域も同様で、南米の港がペルナンブコのみだったり、アフリカではサンジョルジュの次の港がソファラだったりw さらにオセアニアにいたっては補給港しかありませんでした。これだけ港と港が離れていると航海中の緊張感のみなぎり加減はもちろんのこと、調達や釣りなどの航海中に物資を入手する術がなかったこともあって出港前の準備の重要性はDOLの比ではなかったように思います。


次の港は大陸の反対側。。。

システム的には交易・冒険・戦闘の三本柱、クエストや投資、さらにはそれらを積み重ねることで爵位を貰うなど、すでにDOLにも通じる諸要素が見られました。しかしファミコン・スーパーファミコン版ではお金は手持ち・銀行とも60kまで、合わせても120kまでしか持てないなど、ハード面での制約が色々とありました。

大型の船だと一隻で40kもするのに、120kしか持てないのでは厳しいものがあるので、少しでも実質的な所持金を増やそうと、所持金に余裕ができる度にアメリカに向かい交易品の金(ヨーロッパで1個1kで売れました)を購入して文字通り金庫がわりにするなど財テクに励んだものです。

このようにゲームとしては荒削りではありましたが、それゆえの魅力もありました。次回はその辺りをさらに掘り下げてゆこうと思います。

次回予告:「北極の細長い海域を越えると、そこは長崎だった」

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